ほろ酔い

 

彼と別れて1週間。吹っ切れたと友達には言っていたものの、返ってきた合鍵だったり吸い始めた彼と同じ銘柄のタバコのせいで未だに彼のことも彼を好きな気持ちも忘れられないままでいる。

 

 

 

 

 

「ベタベタするのが好きじゃない」

 

「電話もあまり好きじゃない」

 

「付き合ってるからってそんなに会わなくていい」

 

キスをしてきたのは彼からだった。深夜にかかってきた電話も、バイトが終わったあとのお迎えもしたいと言ったのは彼からだった。なのになんで、急にそんな真逆のことを言ってくるの。

最後の電話はどうしても彼のことを嫌いになる決定打にしかならないような後味の悪すぎるものだった。直接話したいと言う私に「同じマンションに同じ学校の学生がいるから」と却下され、最後のキスもあやふやなまま私たちの関係は元通りだけど元通りじゃ無くなってしまった。

ノンセクシャルであることをカミングアウトしたものの、彼からは「それを知ってしまったらもう(セックスが)できない」と言われてしまいなんで私が嘘をついてまであなたと付き合いたかったか、あなたのために普通の女の子でいようと思っていたのか、何も伝わってなかったのかなあ。さらに「同じ性的指向の人でいい人が見つかるといいな」なんて残酷なことも言われ色んな込み上げてくるものを飲み込みながら「ごめんなさい」と言うしか出来なかった。

 

 

別れた次の日も普通に彼とは学校で会った。私が熱を出して休んだ分の欠席の届けを出すためだった。自分で自分のいる時間まで丁寧に伝えてちゃんとおいでよ、なんて言ってたのに「どうした?」なんて白々しい顔で聞いてくる彼は本当にずるい大人だな、と思ってしまった。思い返してみたら初めてバイト先に来た日も「ほんまはあかんのやけどなあ」なんて言いながらも携帯の画面にはLINEのQRコードがしっかり表示されていたっけ。

 

 

 

 

キスもセックスも彼とが初めてだった。タバコを吸ったあとのメンソールの味のするキスもお酒を飲んだあとのふわふわしたキスも大好きだった。好きな人の体温がこんなに心地いいんだと教えてくれたのも1人で寝る夜の寂しさを教えてくれたのも全部彼だった。彼の直ぐにバレるようなくだらない嘘に対して「ダウト」だったり一緒に寝ていて胸を触ってきた時に「起訴!」「不起訴!」だなんてベットの中でふざけ合うのも彼とじゃなきゃ楽しくなかった。

少なくとも電話1本で片付けられるような恋ではないはずだったのに。

彼が私の部屋に初めて来て初めて一緒に朝を迎えたあの夜だけでも、確かに私たちは恋人だった。

 

 

 

彼に貰ったもので形に残ってるものはほろ酔いの桃1缶だけ。ずっと丁寧に冷蔵庫にしまっている。「家が近い分学校も近いのに、軽率だった」なんてあしらわれてしまった、でも私にとっては大事なあなたとの思い出を引き止めてくれるもの。

ほろ酔い1缶なんかじゃちっとも酔えないのに、彼の前だからと可愛こぶって選んだものだった。

ねえ、また一緒に飲みに行ってくれますか?