特別措置

 

 

ノンセクシャルじゃ無いのかもしれない。

 

ずっと望んでいたことのはずなのに1度そう考え出したら不安でたまらなくなった。

 

 

 

 

「先輩、元彼とセックスしたいって思ってしまうのはどうしてなんでしょうか」

 

 

 

大学時代のLGBTsの当事者サークルの先輩たちとの久しぶりの飲み会。コロナ禍でもちょこちょこ連絡を取ったりサークルの活動も行ってはいたが直接顔を合わせて話すのは半年ぶりだった。最初はお互いの近況報告から始まり、私のターンになり色々話をした。

 

前好きだった人に彼女がいた事。彼女だと思っていたが最近セフレだと発覚したこと。それをきっかけに吹っ切れた結果学校の先生を好きになったこと。両思いになれて付き合えたこと。直ぐに別れてしまったこと。彼にノンセクシャルだとカミングアウトしたこと。今でも彼が好きだけど諦めるためにわざと嫌われようとしてしまいその都度後悔してしまうこと。

 

私だけが異常なペースで酒を飲んでいたため上手く話せていたかどうかは自信が無いが先輩たちは私の拙い説明にも終始優しく頷いて聞いてくれた。

そんな中投げかけたのが冒頭の質問になる。

 

 

 

彼と別れてから何度も考えた。私は彼と望んで行為をしていたのか。年始にはあんなに男性が同じ空間にいるのも嫌で会話も出来ないくらいだったのに。前好きだった人ともキスも性行為をしたいと思えず、ただ「普通の女の子」を演じるためにしなければいけない行為だと思っていた。彼との行為を望む私を認めることは、彼への気持ちが本当の好きだという気持ちだとしたら、前まで好きだった人達への恋愛感情を否定することになるんじゃないのか。ノンセクシャルじゃ無かったら果たして私は一体なんなのか。

 

 

 

「そう思うことは否定しなくていいよ」

 

「自分にとって特別な人ってことにしたら?」

 

先輩はそう優しく諭してくれた。「セクシャリティなんて流動性があるものだし決めるのは自分自身なのだから」、と。

 

確かに私にとって彼は特別だ。特別であり唯一無二の男性。私にとっての初めてをほとんどかっさらっていってしまった人。

 

その後「でも新しい恋に行くことをおすすめする!」と先輩たちには言いきられてしまったけれども、案の定聞く耳を持てない私はとりあえず彼に対してのみ特別措置をとることにし、したいと思う自分を素直に認めることにした。

 

 

 

 

 

自殺未遂の一件後、彼と初めて電話をした時に死のうとしたことは伏せつつ、やんわりと精神的に限界が来てしまい学校を休んで実家に帰っていることを伝えた。

 

「すぐ辞めちゃうし逃げちゃうんですよね、部活とかも」とぽそりと言うと、彼も似た経験があると、高校の頃に部内で自分だけが空回りしてしまい高校の友達とは疎遠になってしまっていることを教えてくれた。いつも呆れるほど明るい彼がそうやってたまに私に弱みを見せてくれるとこも好きだった。

 

就活の相談をするためにという件で電話をしたがそれ以外の下らない話を前と変わらずしてくれる彼を愛しいと思ってしまったし、「付き合うなら年上の方が合っとるんかもしれん」とやんわり復縁が無いことを匂わせる彼に「いやでも私精神年齢高いですから!」や「私社長令嬢なのでもう私より条件いい女の子なんて居ないですよ」としつこく食い下がってしまったのは彼からしたら迷惑でしかないかもしれないけど、それぐらい言う事だけでも許して欲しかった。

最後に前にLINEで彼に八つ当たりをしたことを謝ると彼も「しょうがないよ」と謝ってから就活が終わったらまたご飯に行こうと誘ってくれた。こんな私にもいつまで優しくしてくれるのだろうかと不安になりつつ、彼のそういうところが心底ずるいと思った。

 

 

 

彼は良くも悪くも頑固で考えが浅い。だから何を考えているのか何をしたら喜ぶのか、わかりやすい。そんなところが年上な分可愛くもあった。

 

少し押したらLINEを交換してくれたり家まで送ってくれたり、電話口で泣き出しそうな私のために深夜に家まで来てくれるとは思わなかったけれども、それでも言い方は悪いが付き合うまでは笑ってしまうくらい彼の行動は私の計算通りだった。

 

でも付き合い初めてから事の重大さに気づいた。

もし学校にバレたら?私は大丈夫だとしても彼は確実に首になって二度と会えなくなるかもしれない。連絡も取れなくなるかもしれない。私の家も彼の家も学校の近くだから見られてしまうかもしれない。もしかしたら誰かに既に見られてしまっていたら?

 

もし周りにバレて無理やり別れた後に、彼に私を恨みながら生きていて欲しくない。

 

これは私のエゴでしかない。けれども無意識に、でも意識して彼に嫌われようとしていた。

 

電話で話したいことがあると言われたと時に、このまま変わらず恋人同士でいたいと思いつつも彼が何の話をしてくるか分かっている自分も、その話をしてくれるのを待っている自分もいた。

 

いつも二人きりになった時に「迷惑じゃないですか?」と心配する私と裏腹に「自分がしたくてしてるから」と私の横で微笑んでくれる彼が、ようやく自分の立場に気づいてくれたのだとほっとした。

 

 

 

これはダメな恋だ。彼のためにも諦めなければ、忘れなければ。

 

それでも別れてからは気がつけば彼を求めていた。彼とのキスも性行為も何度反芻したか分からない。ベッドで横になると彼の匂いすら残っていないのに彼の体温を探している自分がいた。学校でメガネを外している彼の顔を見る度に一緒に過ごした夜を思い出して泣き出しそうになった。ところ構わずまた私に触れてくれないかと彼に会う度に思ってしまった。彼とのキスを忘れられないようにいくら体調が悪くなろうが彼と同じタバコに手を伸ばしてしまっていた。彼が1番好きだと言っていたaikoの曲をカラオケに行くたびに歌うことも止められなかった。彼と付き合っている頃は1度も泣いたことは無かったのに別れてから彼を思って泣かない日の方がずっと少なくなってしまった。

 

 

 

人は変わっていく。前好きだった彼だって今は嫌悪感を抱くほどになってしまったし、小学校の頃好きだった人は今何をしているのかすら知らないし興味すらない。

 

でも私の中の彼は変わらない。一緒にいた時間が短かった分、逆に思い出の中の彼は私を抱きしめながら一緒に眠ってくれる優しい彼のままでしかない。私が作った料理を美味しいと可愛い笑顔を浮かべながら食べてくれた彼も、ベースやギターを弾きながら私がお風呂から上がるのを待ってくれた彼も、私の中から消えてくれることは無い。

 

 

 

 

 

「りん子には幸せになって欲しいから」

 

別れた日、そう電話で彼に言われた。「俺に出来ることは何でもするから」とも言っていた気がする。

 

ありきたりなJ-POPの歌詞みたいだけど、でもそれはあなたの隣で叶えたいのです。