おとこのひと

昔から密かに「男に生まれていればよかった」と思うことが多々あった。私の部活の発表は見にこないのに兄の試合には隣の県でもそこより遠くても見に行く父。食事の準備をしなくても、食後に食器を下げなくても怒られない兄たち。欲しいものはどんなものでも条件無しに買い与えてもらえる弟。

さすがに女1人だったので服や靴などは私用に買って貰えてはいたが本やゲームなど欲しいものを伝えても「じゃあ買ってあげるよ」とならない。私だけ「テストで80点以上を取ったらお小遣いで1000円あげる」というルールを決められていたため定期テストだろうが模試だろうがずっと高得点を取るためだけに勉強をしていた。テストの初日にはいつもストレスから腹痛でトイレにこもっていた。兄達のような運動神経がなく勉強しか取り柄がなかったけど頑張ったら父も母も褒めてくれると思っていた。

中学ではほぼずっと学年1位(そうは言っても学年は20人ぐらいしかいなかったが)を取り、推薦で学区外の母の行っていた高校に行く事にした。そこはそこそこの進学校だから大学受験には有利だと思ったし、冬に祖父が亡くなり祖母が1人になってしまうことから「母の実家で祖母と一緒に暮らす」と伝えたらみんなが私をいい子だと思ってくれると思ったからだ。

高校ではさすがに学年1位は取れずクラス1位、学年だと3位ぐらいがいいとこだった。新しい環境になんとか慣れていき部活も勉強に負けず頑張っていた。けど高2の春の終わり頃、父からの「何部に入ってたんだっけ?」という何気ない一言でそれも無駄だったのだと気付かされた。ちょうど私の実家から母の実家に送って貰う車内で、今もどこの道を走っていたのかというとこまで鮮明に覚えている。

たった一言でも「どれだけ頑張っても、お父さんは私を見てくれない」と悟るのには十分だった。そこからずっと「どうして」という父へのぶつけたくてもぶつけられないもやもやした思いがずっと私を包み込むようになった。

 

 

どうして私は国公立の学校にしか行けないのか

どうして私は兄や弟のように欲しいものをすぐに買って貰えないのか

どうして私はいつも母と食事の準備をしないといけないのか

どうして私はお父さんに部活の発表を見に来てもらえないのか

どうして私は勉強を頑張っても褒めて貰えないのか、、、

 

 

高2の冬に地元から離れた大学に行くことを決意した。しかし弟もいるのだからなるべくお金がかからないようにと都会から離れた国公立の大学を第一志望にした。

しかし高3の夏。祖母が施設に入ることになり私は兄と二人で暮らすことになった。祖母は病気のせいでかなりボケていたらしく毎日私に暴言を浴びせていたのも風呂から上がった後に洗面所で寝てしまっているのも、病気のせいだと母から教えて貰った。

兄との暮らしは良好とは言い難く、受験生の私と大学生の兄を比べると私が圧倒的に精神的な余裕が無く喧嘩とまでは行かなかったが半年という短い間だと理解していても家を飛び出したいと思ってしまうほど兄に対する不平不満が募るばかりであった。第一志望の大学はいつまで経ってもE判定で「3月まで諦めなければ合格出来る」という先輩や先生の言葉も鵜呑みにできるほど頭がおめでたくも無く「早く大学を決めて遊びたい」「都会に行きたい」その一心でセンター利用て短大に進学することにした。

 

短大は女子大でとても快適だった。女子しか居ないため逆にギスギスした感じもなく、部活でしか友達を作らなかったためテストや授業を休んだ時に困りはしたが高校の頃よりは満ち足りた日々が続いた。時給がいいからと始めたバイトもほぼ女子しか居らず、自分に合っている職種かつ頑張った分だけ褒めてもらえることが嬉しくてがむしゃらに頑張った。

私生活では趣味垢を通じていっぱい友達が出来たし好きなバンドのライブのために今まで行ったことの無い土地に行くのも地元にいる時は考えられなかった。ようやく成績や世間体を気にせずに好きなことができるのが何より嬉しかった。

 

しかし短大を卒業後、専門に行くことが決まりふと共学に戻るのかと考えた時、昔の私は男の人とどういう風に会話してたのかが思い出せなくなっていた。

高校は元女子校だったため男子が少なく1年生の頃からずっと仲良くしていたのは女子ばかりであったし、部活を通して仲良くなる他大学の男子ともなんとなく心を開けなかったりして「自分は男友達がいなかったのか…」と驚愕の事実をようやく認識した。

心を開けないのは恐らく高校の頃に性被害にあった事が尾を引いていて「170cm超えの女が何を言ってるんだ」と思われるかもしれないが異性が怖いからだ。異性から声をかけられるのが怖い。異性から触れられるのが怖い。異性から性的な対象で見られるのが怖い。異性を好きになってもし性行為をしてしまったら、妊娠してしまったらと思うと近づくことさえ怖い。まだノンセクであったりアセクであったり、恋人がいたりする人なら安心して話せるけれど。3年以上前のたった数秒の事が私を一生苦しめている。

 

 

Twitterでたまに「男に生まれたかった」というツイートを見る。私も男に生まれたかった。4人兄弟だったら、運動ができていたら、ノンセクであってもまだ今より幸せだなと思えていたのかもしれない。でもだからといって性自認が完全に男性側に寄ることも無いしメイクをすることも中性的な格好をすることも好きだし、ゲームのように簡単に性別が変えられる訳でもない。これから先、男性不信を完璧に克服することが出来なかったとしても、今日より明日が、未来が幸せになるために自分なりにこれからも足掻いていかなければ。